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《五島軒の歴史》
 五島軒は明治12年に創業した、函館の西洋料理の開祖的なレストランです。創業より、130年という老舗で、地元客はもちろん観光客も足繁く通うレストランで、天皇陛下も行幸啓されたほど。
店の名の由来は、初代料理長の五島英吉氏からとったものです。元々はロシア料理のレストランでしたが、当時の函館での嗜好はロシア料理ではなく、フランス風を好む人が多かった様で五島軒もやむを得ず、フランス風の“西洋料理”に転換することにしたといいます。

その後はフレンチ、カレーやシチュー、洋菓子にシフトしていき、現在に至ります。特にカレーは二代目の料理長である若山徳次郎氏が、帝国ホテルで修行したノウハウをベースに、函館ならではのアレンジを加えたことにより、五島軒の主力なメニューとなり全国的に有名になりました。
昭和10年9月 本店を新築した写真 ▲昭和10年9月 本店を新築  
現在のお店の写真
▲現在
レストラン雪
▲五島軒レストラン 雪河亭
 

初代経営者 若山惣太郎氏の写真 二代目 若山徳次郎氏の写真  
初代経営者 若山惣太郎氏
安政2年、埼玉県鴻の巣大字常光(神谷村)の若山家初代三右衛門の六代目孫八の弟の子として生まれる。家業を相続した後、同業者と組み大がかりな米相場に手を出して失敗。その責任を一身に負い再起を期して明治11年来函する。そして函館にてパン屋を創業し、のちに出逢う五島英吉氏とロシア料理店を創業することになった。
二代目 若山徳次郎氏
フランス料理店「五島軒」の料理の元を創ったといわれる。明治34年より約2年ほど修業のため東京帝国ホテルに赴く。このことは本人のかねてからの念願であり、初代惣太郎の夢でもあったようだ。抜群の調理センスとまれに見る味覚をもっていたと言われている。
初代料理長の五島英吉氏
五島英吉は幕末期に長崎奉行所の通訳をしており、後の箱館戦争で旧幕府軍に加わっている。敗戦後は、残党狩りを逃れてハリストス正教会のニコライ神父の好意で匿われる。その後は下僕として働きながら、教会の厨房でロシア料理を習得し、その腕前は申し分なかったようだ。

【歴史年表】
明治12年4月 初代若山惣太郎が富岡町でパン屋を開業。その後、五島英吉の協力を得て、旧桟橋付近でロシア料理、パン、ケーキの店を開業する。
明治19年4月 店舗を焼失。旧八幡坂下(末広町15)に西洋料理店を開店する。
明治34年 4月 基坂下末広町1番地、日本銀行隣接地に西洋料理店(3階建て)を新築し、移転。二代目の若山徳次郎が、東京・帝国ホテルへフレンチの修行のため出張する。
明治40年8月 大規模な火災が発生し、全焼。末広町の現在地に、新店舗を新築・移転する。
大正10年4月 函館大火で全焼。旧桟橋のビルおよび焼け跡に仮店舗で営業。
大正11年 現在地に一部鉄筋コンクリート、地下1階、地上3階の店舗を新築。2階の一部と3階でホテル業を併業。
昭和9年3月 函館史上最後の大火となった函館大火で本店全焼。3ヶ月後市内3ヶ所で仮店舗を設け、営業する。
昭和10年9月 現在地に一部3階、地下1階の本店を新築(のちに平成9年5月、国登録文化財に北海道第一号として登録される)
平成元年10月 天皇・皇后両陛下、五島軒へ行幸啓。御昼食に二代目徳次郎のメニュー、「リッチ鴨カレー」をお召し上がりいただく。
平成5年1月 洋菓子、カレー製造の上磯第一工場竣工稼動。
平成19年4月 新装の「五稜郭タワー」アトリウム2階へ、カレー専門店「函館カレーEXPRESS」出店。